不壊の槍は折られましたが、何か?

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海上タクシー〈ガル3号〉備忘録/多島斗志之

海上タクシー<ガル3号>備忘録 (創元推理文庫)

海上タクシー<ガル3号>備忘録 (創元推理文庫)

 おんぼろ海上タクシー〈ガル3号〉の船長寺田と助手の弓が遭遇する、7つの事件。
 暗号、アリバイ崩し、活劇、普通小説など、多種多様な連作短編集。ただしいずれも非常に地味で、筆致も抑制が効きまくっている。圧倒的な対外アピールはないかも知れない。しかし、登場人物の内面に土足で上がり込むようなことを決してせず、情感が淡く漂わされる、という奥床しさが非常に素晴らしい。
 事件というものは、誰かに何かがあったからこそ起きているわけだが、寺田は目の前の出来事にしか対処しない。乗客の過去に積極的に踏み込むこともせず、現状への対処のため必要な事項を最小限尋ねるに止める。乗客側も、端的に《事情》を述べることはあるが、多言を費やすことはなく、情念のこもった人間ドラマが熱く展開されることは決してない。だがこの淡白さそのものが、なかなかに味わい深いのである。必要最小限のことしか書かれていないのに、それでも登場人物のキャラが立つ、それも記号としてではなく、というのはやはり本当の実力者にしかできない真似のはずだ。多島斗志之は疑いもなく、その一人なのである。