不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

いつもの朝に/今邑彩

いつもの朝に

いつもの朝に

 画家・日向沙羅の二人の息子、桐人と優太。桐人はスポーツ万能で勉強もできる秀才で、高校ではカリスマ的人気を誇るイケメンであった。一方、弟の優太は、身長も低くにきび面、スポーツも勉強もできない、うだつの上がらない高校生である。なお、沙羅の夫は、線路に落ちた子供を助けて命を落としている。
 さて、優太は鬱々として楽しまぬ日々を送っていたが、ある日、優太は、自分が幼い頃から持っている熊のぬいぐるみに、変な縫い目があることに初めて気が付く。その中から出て来た紙には、父からのメッセージが残されていた。このメッセージ、優太が日向家の息子ではないということを仄めかしているような……。優太は日頃《メガネザル》と蔑んでいる同級生の千夏に相談し、手紙の指示どおり岡山県の老婆を訪ねることにする。
 キャラはいずれも綺麗に立ち上がっており、それぞれの葛藤が明快に打ち出される。物語展開もなかなかスリリングで、リーダビリティも高く、読ませる。徐々に深刻度を増してゆく物語が、やがて救済と慰安の調べを奏で始める様も非常に美しい。『いつもの朝に』は、血か育ちかというテーマを扱い、《深刻な家族ドラマ》としては非常にオーソドックスな作りと言えるが、文章が《本格ミステリ》っぽい平易なもの、いやもうはっきり言えば少々舌足らず(不自然ではない)のものであることが面白い。この文章が、深刻なドラマを描出するにおいて、強烈な異化効果を発揮し、独特の雰囲気を醸し出している。だからこそ、絵画やキリスト教、過去の凄惨な殺人事件などなどが道具立てとして出て来ても、違和感なく読めてしまうのである。ミステリ色は薄いが、ミステリのガジェットを駆使して家庭ドラマを描き切ったという点で、非常に希少価値のある作品と言えよう。広くお薦めしたい。