不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

毒杯の囀り/ポール・ドハティー

毒杯の囀り (創元推理文庫)

毒杯の囀り (創元推理文庫)

 1377年、時あたかも老王エドワード3世崩御し、皇太孫リチャード2世が即位したイングランド。ロンドンで大貿易商トーマス・スプリガン卿が自室で毒殺される。下手人とされる執事が屋根裏部屋で首をくくっていた。スプリガン卿の部屋の前は《小夜鳴鳥の廊下》、要するに鶯張り、というわけで関係者の証言からすると部屋の前を通ったのはこの執事だけらしいのだが……。検死官ジョン・クラスタン卿と、その書記アセルスタン修道士は、摂政ランカスター公の意向を受け、捜査を開始する。
 アセルスタンとクラスタン卿のコンビが読者を楽しませてくれる。アセルスタンは基本的に真面目キャラで、宗教家としてどのような姿勢で世に臨むべきかと悩む。しかし教区の美しい未亡人に想いを寄せてしまい、ときに嫉妬に身を焦がすなどなかなか可愛い。一方のジョン卿は、やるときはやる、気のいい愛妻家なのだが、とにかく酒が大好き。この作品の中でもずっと飲んでおり(取り調べの最中も飲みまくり)、何回か吐きさえする。衛生観念が発達していなかったロンドン市中の描写と相俟って、なかなか味わい深いことになっております。そして二人の掛け合いもまた、ときに漫才、ときに真面目に(事件ばかりか人生さえ語る)と、ヴァリエーションもあって、作品を引っ張る原動力となっている。
 ミステリとしては、それほど手が込んでいるわけでもないし、意外性の演出も控えめ。国政レベルの陰謀もあるにはあるのだがそれほど大規模ではなく、燃えない。ただし、登場人物各人はなかなかに活き活きと描かれている。エドワード3世崩御直後の世相を描く、歴史ものの良質なエンターテインメントだ。そういうものが好きな方にはお薦めしたい。