不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

狂い咲く薔薇を君に/竹本健治

 武藤類子と合流してからの牧場智久はどうも振るわない*1というか、作者一流の冷たい狂気があまり感じられない作品が揃っているように思う。ただ、では駄作かというとそうではない。普通のミステリとして普通に楽しく読め、巻を置けば残るものはそれほどない。そういう読み物としてはなかなかの出来栄えを誇る。嫌いでは全くありません。
 『狂い咲く薔薇を君に』も同様。いやむしろ、類子に岡惚れする津島海人が主役を務めることで、ラヴコメ風味の軽さがとても目立つようになっており、作者の筆致も軽い。ミステリとしての結構には軽量級の処理が施され、人間ドラマの深刻さに筆が割かれることもほぼ皆無、主要登場人物の間には、さながら推理クイズを楽しむかのような雰囲気すら流れている。そしてこの限りにおいて、作者の筆はやはり練達している。50歳を越えていることを考えると余計に、やはり侮りがたい。
 竹本健治は《俺は凄いんだ》系の自己主張をあまりしない人なので、少々軽視されている気配がなきにしもあらずだが、実際には、本人がやる気さえ出せば、笠井潔島田荘司レベルのカリスマ性を帯びることだってできたはずなのだ。支持者の弾も揃っているし。しかし彼の本当に凄いところは、そんな人なのに、気軽にこのような作品を上梓してしまうことであろう。
 この作家初体験には向いていないが、ファンなら読んで、楽しんでみよう。そんな感じ。

*1:といいつつ、『妖霧の舌』辺りは大好きですけどね。