不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

白薔薇と鎖/ポール・ドハティ

白薔薇と鎖 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

白薔薇と鎖 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 齢九十を超えてもまだまだ意気盛んなロジャー・シャロット。彼は、若かりし頃の自らの冒険(と主張するもの)を語り始める。それは、ヘンリー8世の治世初期における、スコットランド王室を巡る物語であった。
 素晴らしいのは、ロジャーによる語り口である。王侯と親しく付き合い、そればかりかエリザベス1世を孕ませたとまで主張する彼は、どうやら法螺吹きだと思われる。基本的には愉快な爺様の昔語りという感じで、付き合っているだけで滅法楽しい。ストーリーも色々波乱万丈であり、快男児の冒険譚と呼ぶにはロジャーが若干情けないような気もするが、たいへん面白く読んだ。そして時々、ハッとするほど真面目モードになるのもいい感じだった。密室殺人云々は、正直それほど大したこともないし、だいいち作者もこれをいかなる意味でもメインと考えていないので、マニアはニヤリとできる添え物、というくらいに考えておけば良いだろう。
 森英俊が本格の旗手として絶賛し、その翻訳が待たれていた作家だが、上述の通り、少なくとも『白薔薇と鎖』に本格の要素は薄い。しかし普通に楽しく読める。今後も訳して行って欲しい作家だと思う。