七月の暗殺者/ゴードン・スティーヴンズ
- 作者: ゴードン・スティーヴンズ,藤倉秀彦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2005/11/29
- メディア: 文庫
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- 作者: ゴードン・スティーヴンズ,藤倉秀彦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2005/11/29
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極めて硬質なテロ小説。とはいえ硬質にも色々あるわけで、『七月の暗殺者』の硬派ぶりは、わかりやすい興味を狙わず、筆がどこまでも冷静な点にある。その様はストイックとさえ言えよう。
スティーヴンズは各陣営の要所に視点人物を据え、彼らを通して事件を描く。通常こうすることで、それぞれの視点人物の情動は各パートにダイレクトに反映されることになる。従って物語全体では、各人の思惑と情念が生々しくぶつかり合う様子を出せるというわけだ。しかし作者はこの手法を採用しない。確かに視点人物の感情は描かれるのだが、地の文はいかなる意味でも彼らに肩入れせず、彼らの感じたことは単なる事柄としてしか描かれない。登場人物がいかに燃えようと(まあ冷静な人物が多いことも事実だが)、地の文から醒めた意識は去らないのである。
更に、視点人物を複数配置することで、序盤から事件の構造は見通せる。もちろんクライマックスまで伏せられる事柄はあるが、たとえば捜査側の単一視点にしていれば簡単に導入できたはずの、《誰が〈スリーパー〉なのか》《テロられるのはどこの誰なのか》という興味を、冒頭であっさり放棄する。エンタメ小説において、これらの、読者の興味を惹きやすい要素が放棄されるのは珍しい……とまでは言えないが、それなりに勇気がいることと思う。
これらのストイックとさえ思える《犠牲》の結果、『七月の暗殺者』は、あるテロを冷静かつ多面的に描くという果実を得た。女性捜査官、暗殺者、IRA、イギリス政府それぞれの思惑と計画が、作者が明晰に引いたと思しい設計図に沿って、700ページ強をかけてじりじり近付き、混じり合ってゆく様は、正直圧巻である。『カーラのゲーム』はキャラ押し可能の小説*1だったが、『七月の暗殺者』はまず構造を愛でるべき小説であろう。いずれにせよ傑作。IRAが旬な話題ではないので、「IRAによるテロなんてもう古い」と簡単に斥ける度し難い人々だけが不安材料。だから題材で小説評価すんなってば。
*1:『カーラのゲーム』と『サラマンダー殲滅』の印象がかぶるのは、私だけ?私だけですかそうですか。