不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

クライム・マシン/ジャック・リッチー

クライム・マシン (晶文社ミステリ)

クライム・マシン (晶文社ミステリ)

 17編の逸品が揃う、素晴らしい短編集。基本的に色調は明るく、この手の企画で出て来る短編集としては《奇妙な味》が控えめ。エッジも立っており、ユーモアとウィットの正攻法による作品揃いといえる。作品情緒・質感がとんでもなくクリアなのも特筆すべきで、各編の完成度は恐るべきレベルに達している。今年の傑作。
 ここまで行くともう各編ごとに取り上げる必要を感じないが、備忘録代わりに一応記載しておく。以下、ネタバレは避けるが、未読者は見ない方がいいかも知れない。
 「クライム・マシン」は殺し屋とタイムマシンが絡んだとても小洒落た一編。早速表題作なのでこれがこの本の代表作なのかと思っていると、実はまだ序の口な辺りが恐ろしい。続く「ルーレット必勝法」は、賭場においてトータルで勝ち続ける男を巡り、皮肉な結末を迎える逸品。ラスト一行が作者の素晴らしいセンスを表すと断言してしまおう。「歳はいくつだ」は《奇妙な味》系な一方、ブラックな味わいとばかりは言い切れず爽快感さえ漂うが、そこがまた恐ろしい(なぜなら、これを清涼だと思っているのは私自身だからである)。「日当22セント」は誤審により数年間臭い飯を食わされた男が憤懣やるかたない様子を見せる。オチはありがちかも知れないが、完成度の高さや持って行き方のうまさは際立っている。「殺人哲学者」はわずか5ページだが、殺人を行なった思索家の異常性を描出する話……と思ったら! 「旅は道連れ」は、旅客機の女性客二人による《お前らお互いの話聞いてねえだろ!》な会話が最高。邪悪オチも素晴らしい。「エミリーがいない」は皮肉が利きつつ、愉快に、朗らかに笑える一編。「切り裂きジャックの末裔」は、自分の祖先は切り裂きジャックなんじゃないかと妄想する患者と出会った精神科医が……という話。大枠ではありがちな物語だが、微妙に捻るのがポイント。「罪のない町」は、無邪気に語る女性が物語を引き締めている点に注目。「記憶テスト」は、終身刑に付された毒殺魔の上品な老婦人(模範囚)を仮釈放するかどうかで揉める話。そっちから来ますか。「こんな日もあるさ」は、優秀な刑事があれこれやって全て……という笑える話。「縛り首の木」は恐怖小説……なのだが、鈍感な登場人物に笑える。続く《カーデュラ探偵社》は、ヨーロッパの某国からアメリカに亡命してきた貴族がアレな物語。元々ユーモア小説だが、明示されないだけに可笑しさが倍加している。そしてラストの「デヴローの怪物」は、ミステリタッチの好編。
 最後の一行または一文を丹精込めて練り上げている印象が強い。絶対ぱらぱらめくらない方がいいだろうなあ。