不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

偶然のラビリンス/デイヴィッド・アンブローズ

偶然のラビリンス (ヴィレッジブックス)

偶然のラビリンス (ヴィレッジブックス)

 『迷宮の暗殺者』で読者にバカミスぶりを遺憾なく、しかし真面目な顔で発揮したアンブローズ。次なる紹介作品もバカミスであった。ただしノリは謹厳であり、斜に構えたところは皆無である。テーマはタイトルずばり、《偶然》。開始100ページで偶然の薀蓄が語られるのだが、その薀蓄から受ける印象が『奇偶』と極めて近しいのは特筆すべきだろう。私の乏しい読書体験からすれば、この種の《奇書感覚》が海外作品で顔を出すのは珍しい。
 そして不思議な熱気を帯びるまま、ある人物の登場をもって物語は遂に動き出す。その後は当然ながら『奇偶』とは全く異なる様相を呈すが、《奇書感覚》は終始一貫維持されており、かなりトンでもな展開さえ見せる。先述のように、筆致の謹厳さが作品に独特な味わいをもたらしており、(笑)で済ませられない確かな内実を感じさせるのである。
 構成要素のまとまり具合も『迷宮の暗殺者』を越えている。同月に『奇偶』もノベルス落ちしたことだし、偶然をテーマとした奇書東西対決と洒落込むのも面白いかも。