不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

フランス鍵の秘密/フランク・グルーバー

 訳文のリズムが非常に悪く*1、作品が本来持っているであろう洒脱な味わいが減殺されていることは想像に難くない。しかしそれでも楽しく読めるのはさすがである。金貨を巡り軽快に進むストーリー、安っぽくてお馬鹿な主役コンビ、意外としっかり練り上げられた謎解き。プロットが、ユーモアにかこつけて錯綜し、結果的に歯応えが出ているのも素晴らしい。
 というわけでなかなか面白いのだが、《アメリカ版フーテンの寅》という帯は意味不明、理解不能。訳者は確かに、解説でジョニー&サムと車寅次郎のどうでもいい共通点*2を指摘した。しかし、いかに彼でもそれを帯に使うほど鼻息荒くは書いていない*3。であれば、誰がこんな失当極まる惹句を帯に掲載することを決定したのか。《男はつらいよ》的な要素など『フランス鍵の秘密』には皆無である。この帯では双方のファンの激怒を買うだけだ。『アルレッキーノの柩』のこともある。最近の早川書房はちょっとどうかしているのではないか。ひょっとして異常に使えない編集者が入って来たのだろうか。
 なお、訳者自身は、フーテンの寅以外にもこのようなことを、さも当然のように飄々と書いている。フロスト警部ドーヴァー警部と同系統のブラック・ユーモアもの。スラプスティック・ミステリはトニー・ケンリック以降見かけない。今はノワールの時代である。グルーバーの書誌学的なデータは「らしい」「だそうだ」「といわれている」の乱舞。まさに圧巻。
 小泉純一郎中曽根康弘宮沢喜一橋本龍太郎を引退に追い込み、綿貫民輔亀井静香を追放した。彼らと比べて、仁賀克雄の粛清が一体なんだというのか。私は全ての出版社、全ての業界人、全ての小説好きに聞いてみたい。仁賀克雄は今、本当に必要ですか?

*1:「た」で終わる文が連続するページのなんと多いこと! 原文ではなく、間違いなく訳者の日本語センスの問題である。

*2:第一作で車寅次郎が本のタンカ売りをしていたという、その一点だけ。もちろんそんなものは共通点にはならない。その無意味さには眩暈さえ覚える。

*3:もちろん、拙い文章のせいで淡白に見えているだけかもしれず、実際は大発見をしたつもり、うまいことを言ってやったつもりで得意満面という可能性もある。この場合、訳者は編集部に「フーテンの寅を帯にしろ」とねじ込んだことだろう。