凶器の貴公子/ボストン・テラン
- 作者: ボストン・テラン,田口俊樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2005/08/03
- メディア: 文庫
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『凶器の貴公子』は違う。この長編は三人称であり、二村シリーズに匹敵するほどの暗喩的な表現が駆使されるのだが、筆致は常に冷静で抑制も効いている。登場人物の内面も、もちろん決してダイレクトには描出されない。そもそも彼らの言動自体、決してわかりやすくないのだ。しかも、解説で杉江松恋が指摘するギリシャ神話との相関関係が、何やら象徴劇的な雰囲気さえ醸し出して来る。物語は終始しんねりむっつり進行し、ノワールに予想される死と暴力も確かにあるが、つきものであるはずの享楽性は皆無だ。印象的な文章表現が物語を埋め尽くすものの、作者がそれに淫することは決してない。それらの《表現》は、単に意味が取りにくい箇所として、寡黙にそっと、全編に敷き詰められてゆく。それらの《点》をストーリーまたはキャラクターという《線》に織り成す労は、読者が背負わねばならない。
非常に疲れる読書であったことは確かだが、充実した時間ではあった。今年の海外エンタメ小説は、現時点では不作だが、その中では極めて印象深い一冊。