ハイドゥナン/藤崎慎吾
ハイドゥナン (上) (ハヤカワSFシリーズ・コレクション)
- 作者: 藤崎慎吾
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2005/07/21
- メディア: 単行本
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ハイドゥナン (下) (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
- 作者: 藤崎慎吾
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2005/07/21
- メディア: 単行本
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となると、我々は脊髄反射的に小松左京の『日本沈没』を想起することになる。しかし、私見によれば、『日本沈没』は、SF独特の感興をさほど帯びない。小松左京は『日本沈没』において、空想科学小説としての側面をほとんど強調しなかった。もちろん日本を沈めること自体は空想の産物にせよ、新たな科学秩序を作品世界に打ち立てるなんてことはせず、あくまでも既存の科学を使いまわす。それだけならまだしも、小松左京は《日本/日本人とは何か、国土とは何か》といった極めて人文的・社会的テーマの彼方に驀進してしまうのだ。『日本沈没』は結局のところシミュレーション小説であり、思わず色々考えさせられるという面では非常に素晴らしい物語だが、そもそも《思わず色々考えさせられる》時点でセンスオブワンダーは弱いのではないか。俺はセンスオブワンダーを感じたいんだナショナリズムなんぞ知ったことか*1、とまで言うと極論に過ぎるが、実は私、『日本沈没』に失望した口なのである。
で『ハイドゥナン』だが、これはもうシミュレーション小説では全くない。確かに南西諸島近海の排他的経済水域に絡み、日本と中国・台湾、そしてアメリカが対立する。島が沈没の危機に晒される(=多くの無辜の市民の生命および生活が危殆化する)という緊迫感もふんだんにある。しかし基調にあるのはあくまでも、笑えるほどに徹底的なセンスオブワンダーなのだ。南西諸島沈没云々からは予想もつかないようなSFガジェットが多用され乱舞し、独自の科学秩序がでっち上げられたうえで、一つのテーマに向かって収斂してゆく。そして原稿用紙2,000枚は伊達ではない。話の要点だけだとこんなに分厚くせずに済むが、過剰であるがゆえの勢いがあって圧倒される。空想科学の要素だけではなく、切ない情感も大爆裂。あらゆる意味で『クリスタルサイレンス』を凌駕する作品であることは間違いない。
というわけで、個人的には『日本沈没』よりも楽しめたのだが、私が楽しめたかどうかなぞもちろんどうでもいい。『ハイドゥナン』は今年の日本SFを語るうえでは外せないし、そればかりか、21世紀最初の10年の日本SFにおける金字塔になりかねんので、SFファンは必読なのである。