不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

光の王/ロジャー・ゼラズニイ

光の王 (ハヤカワ文庫SF)

光の王 (ハヤカワ文庫SF)

 遠未来、とある惑星。移民第一世代(多分)は高度な科学技術を独占していた。彼らはヒンドゥー教の神々を名乗り《天》に居住、それ以下の世代を下界に住まわせ、宗教的束縛をかけて中世の技術水準しか許さないという、圧制を敷いていた。そんな中、第一世代の一員である仏陀は、かつての仲間たちである神々に、敢然と戦いを挑む……。
 SF的意匠をまといつつも、ファンタジー色が非常に強い作品である。しかも寓話度がとんでもなく高い。
 まず、惑星社会全体を描こうとする意志がほとんど感じられない。それが証拠に、一般人や一般羅刹*1はほとんど出て来ない。また、出現する超テクノロジーについても、詳細な解説がまるで為されない。ハードSFにしたいなら当然に深く踏み込まねばならぬこれらの要素を軽んじたうえで、ゼラズニイは、一般人・一般羅刹が与り知らぬところで、仏陀、個々の神々、羅刹の王などの《個人》をメインに据えた《人間ドラマ》を展開させる。ここで威力を発揮し、作品の性格を決定付けるのは、文章だ。地の文も台詞も、徹頭徹尾メタファーに満ち溢れており(油断すると意味が取れなくなります)、かつ、語彙やエピソードの祖形がインド宗教に基づくものが多いこともあって、『光の王』は強烈なまでに神話的な色彩を帯びる。その光背により、《人間ドラマ》は荘重にして華麗、絢爛な《象徴性》《抽象性》を獲得する。その光輝には眩暈さえ覚えた。
 SF史上に燦然と輝く、あまりにも素晴らしい作品である。小説好きには広く、そして強くお薦めしたい。

*1:惑星の先住民。エネルギー生命体です。