不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

月読/太田忠司

月読(つくよみ) (本格ミステリ・マスターズ)

月読(つくよみ) (本格ミステリ・マスターズ)

 人が死ぬと必ず、何らかの不思議な物体や事象が残される。これを称して《月導》と呼ぶ。《月導》は死者のメッセージの具現化だが、それを読み取る能力を持つのは《月読》と呼ばれる人々のみ。しかし、《月導》に託されるメッセージは、障子が破れているとか、猫がちゃんと子供を生んだのか等、死者が最期の瞬間に最も気にかけていたことであり、往々にして卑近で、どうでもいいことだったりするのだった。しかも《月読》は数が少なく、古今の科学者たちは《月導》《月読》の仕組みを解き明かそうとしたが、悉く失敗。冷戦時代に入っても、米ソは《月導》《月読》の謎の解明に血道をあげ、例によって結局何もモノにできず、そこに予算を取られたため、他の科学は進歩が遅れている。人類は未だ月の土を踏めておらず、家庭にコンピューターはない……。
 このような変な世界設定にした上で、本格ミステリを試みるのが太田忠司の『月読』である。以上のような概略だけで、まだ事件も起きていないうちから、ミステリ上の焦点は容易に見当がつくわけで、少々惜しい。しかし全体的によくまとまっており、さすがは太田忠司、完成度は高い。恋愛・自分探し・何かからの脱却etc.が中心となる青春模様も、あくまで登場人物の自我の問題として、落ち着いた筆致でしっとりと描出されており、心地よく読める。もちろん、作者のマジ人格が露出しているわけでもない。個人的には大変好ましい。ただ、こういう作品をラノベ読みがどう読むのか、個人的には若干興味がある。まあ先方は全く興味なかろうが。
 というわけで、広くお薦めできるし、したい作品。太田忠司初体験にも適する。