不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

リピート/乾くるみ

リピート

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 最初期の作品があんなだったので、ハードコアな本格ファンには敬遠されている気がしないでもない乾くるみだが、いつの間にか落ち着いてきた。『イニシエーション・ラブ』は洒落た作りの作品で、そんな中にも一たらしの苦味、しこりを入れるのを忘れない。今作『リピート』もそんな感じの作品。
 環境設定のSF上の詰めの甘さは Science Fiction と言うよりは、Science Fantasy とでも言うべきソフト路線である。科学的・哲学的・衒学的な考察は皆無に近い。ミステリ作家で言えば西澤保彦山口雅也のような、《独特な世界設定》そのものを掘り下げようという気概が薄いのである。というわけで、これだったら、もっと爽やかだったり、甘かったり、酸っぱかったりしてもおかしくない。しかし乾くるみは(恐らく意地悪く)登場人物に苛烈な現実を強いる。それも妙に日常臭や生活臭に溢れた。戻れる時間が短いという事情もあるかもしれないが、それ以上に、お前ら俺は《世界》を作りましたぜ、という熱気に欠けるのである。「とりあえずイヤ〜な話を考え付いたから、それを元に変な設定にしといたよ。でも設定そのものに特に拘りないけど」という感じ。このヌケヌケとした感覚が、この作家の特徴ではないか。西澤や山口なら、この《世界》の注釈と活写を、力み返って鮮やかに繰り出すんだろうなあ……。

 この手の話であれば、西澤保彦が遥かにスリリングに仕上げてくれたと思う。登場人物の情念が凄い勢いで渦巻いたはず。……しかし。このラストの虚無感は、西澤保彦では出せないのではないか。西澤ならば、このラストは哀愁を漂わせていたような気がする。しかし乾くるみにとって、このラストに情感は夾雑物なのだ。告白しよう。私も乾くるみと同意見だ。この物語に感傷や情念は邪魔だ。特にそのラストでは。
 というわけで、乾くるみファンにはお薦め。ファンじゃないけど興味があるという人には『イニシエーション・ラブ』の方がいいかも。