不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

蛍坂/北森鴻

螢坂

螢坂

 ビアバー香菜里屋を舞台にした、連作短編集。ミステリ仕立てのちょっといい話が詰まっている。そういうのが好きな人には楽しめよう。

 しかし、《ちょっといい話》というのは曲者である。この手の話は基本的にいい感じのラスト、少なくとも救いのあるラストを迎えることが多い。しかも感情面で。するとどういうことが起きるか。必然的に、そこには《いい話とは何か》という作者個人の思想が混入する。作者がいいと思えること=作者の人生上の嗜好、それが物語を支配する。しかも読後感を担保すべく、登場人物は誰もラストに異議を唱えない。疑念も抱かない。要するに、多様な価値観を知らず知らずに排除する方向に、話が動くのだ。
 従って、作者の提示した《ハートウォーム》に賛同できない場合が問題となる。

 何を言っているかというと、「猫に恩返し」である。このラストはまったく幸福ではない。『ショスタコーヴィチの証言』言うところの《強制された歓喜》そのもの。これをいい話とする北森鴻の感覚は、少なくとも私の理解が及ぶところではない。

 まあ共感云々は抜きとすると、水準を保つ作品集ではある。読んで損はしません。