不壊の槍は折られましたが、何か?

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アイルランドの薔薇/石持浅海

アイルランドの薔薇 (光文社文庫)

アイルランドの薔薇 (光文社文庫)

 クローズドサークルものだが、アイルランド紛争絡みなのが珍しい。文庫化されたので読んでみた。

 『月の扉』でも感じたことがそのまま言える作品である。ネタもストーリーも文章も、端正。スタイリッシュ。ただし手数は多く、各要素の完成度も高い。密度はたいへん濃いと思う。この内容で300ページ足らずなのは、最近の長大化傾向に反しており希少価値がある。人物描写も簡潔だが要点は抑え、過不足がない。読んでいて非常に気持ちの良い小説であり、推理小説を読む楽しみを満喫させてくれる。反面、ロジックやトリックなど、大ネタ一発で感心させたり驚愕させたりすることはなく、この点で無理解を蒙る可能性が残る。
 洗練度を堪能すべき、近頃珍しい作家だと思われる。とはいえ、次作以降で変身するかも知れず、予断を許さない。要注意であることだけは確かだ。