不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

象られた力/飛浩隆

象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA)

象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA)

 『グラン・ヴァカンス』で一目惚れしてしまった、飛浩隆の短編集。旧作に相当手を加えているようだが、《新規参入した読者》たる私には、それがどこかわかるはずもない。全四篇をじゅうぶん楽しめたのだから、それでも良いではないかと思う。

 「デュオ」
 クラシック音楽ネタのSF。まずは、音楽の素晴らしさが伝わって来ることを高く評価したい。音楽に圧倒される《あの感覚》、そしてその音楽をかけがえなく思う心。これらを文章化できる作家は、実はごく僅かだ。飛浩隆は間違いなく、その希少な一人なのである。SF上のアイデアもばっちり決まっており、ストーリー展開も素晴らしく、作者の実力を示す。

 「呪界のほとり」
 大長編のプロローグみたいな感じだが、各シークエンスが素晴らしい。イマジネーションを刺激される。そして、何も明かされないまま終わりつつも、読者に手応えを残すのはさすがだ。思えば『グラン・ヴァカンス』の幕切れもそんな感じであった。爺いは私の孫っぽいし、とても他人事とは思えない(ハンドル元ネタの重大なヒント)。

 「夜と泥の」
 シークエンスの印象深さという点では、本短編集随一の作品。私もこれが一番好き。頽廃、官能、残酷、繊細、天国に地獄(山田正紀の『グラン・ヴァカンス』惹句)。おまけに荘厳。そして決定的なのは、全てが同時にSFであることだ。「魚の目」が最高。飛浩隆の真髄、ここに極まれり。

 「象られた力」
 タイトルそのまんまのネタによる、頽廃、官能、残酷(以下略)の物語。「夜と泥の」に比べると、こちらの方が物語としてしっかりしている。その分、情緒的には弱い。読者の素地によって、どちらにより惹かれるかが決まると思う。いずれにせよ傑作ではある。

 というわけで、SFファンには広くお薦めしたい。そして『廃園の天使』を一緒に待とう。