不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

悪いうさぎ/若竹七海

悪いうさぎ (文春文庫)

悪いうさぎ (文春文庫)

 葉村晶もの。恐らく若竹七海にとっても、最高傑作クラスの作品ではないか。少なくとも、現時点での代表作に挙げて良いと思う。未読だった不明を恥じるばかりである。
 何より素晴らしいのは、超絶のDQNたちが繰り広げる騒動が、最初はユーモラスなのに、徐々に深刻さを増し、最終的にはグロテスクな様相を呈すことだ。自己中心主義による腐臭は、あまりにも強烈で、戯画化されているから良し、なんて軽く受け流すのは不可能である。冷静に考えれば風景的に爆笑もののクライマックスも、事態の内実を考えると狂気を感じざるを得ない。《奇妙な味》の《奇妙さ》をドリルダウンすべく、画然と立ち向かったような、素晴らしき恐怖感、良い意味での不毛感と悪心。
 若竹七海は、西澤保彦に劣らず、人間の生き様を嫌らしく描出する作家だ。救いの有無や程度を考えれば、その《黒さ》は、西澤を優に凌駕しており、土屋隆夫にさえ匹敵しよう。ただし、西澤や土屋と違って、主人公サイドの人間はまともなことが多い。『悪いうさぎ』に関して言えば、葉村晶や彼女の仲間、或いは被害者に《黒さ》はなく、それは専ら加害者側に属す。人間誰しもが邪悪なのではなく、邪悪な人間が力を持ってしまうこの世の中は何て暗いのだろう、という嘆きが、若竹七海の《黒さ》の根源である。彼女はまだ人間を信じているのかもしれない。社会は信じていないだろうが。

 ミステリ的な造作は、さすがに手堅い。便利な飛び道具を使われた気もするが、不自然な感じは皆無なので、特に問題視する必要はないだろう。ていうか本格ではなくハードボイルド寄りの作品と捉えれば、実際さほど問題はない。

 というわけで、若竹七海ファン必読である。もちろん、ファンなら疾うに読み終えているだろうが。