不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

夜更けのエントロピー/D・シモンズ

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)

 何を隠そう、ダン・シモンズ初体験である。私という読み手の底の浅さに、改めて愕然とする思いだ。まあ大多数の方にとっては、「やっぱりな」といったところだろうが。

 ミステリともSFともホラーとも付かぬ、ジャンル分けに困惑する作品が集まっている。しかし〈奇妙な味〉は皆無で、物語はあくまで、現実と同様の世界観、良識、常識の元で展開される。興味深いことに、吸血鬼だゾンビだと言っている傍からジャーナリスティックなテーマが頻出し、文章も、新聞の記名記事のような手堅さを感じさせる。話の内容自体は紛れもなく〈異様〉だが、感触は確固として揺るぎないという、実に変な存在形態。

 たとえば、「最後のクラス写真」のような話が、あり得ないことに、普通に感動的なのだ。〈奇妙な味〉系の作家だったら、まず主人公の狂気を燻り出すだろう。しかしダン・シモンズは、彼女をただのちゃんとした人として描き出す。しかも感情移入できるように。そして、全ての短編の印象は、紛れもなく「重い」。テーマのほとんどが、我々の現実世界に(比喩ではなく)直接関係しているからである。

 いずれにせよ、《娯楽+α》に抵抗のない人には、一読を薦めたい短編集である。