不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ヨットクラブ/D・イーリイ

ヨットクラブ (晶文社ミステリ)

ヨットクラブ (晶文社ミステリ)

 日常に溶け込んだ非日常を、柔らかなタッチで皮肉に描く短編集。

 毎度のことだが、私は、この手の作家を以上のようにしか表現できないのだ。語彙の少なさを痛感する瞬間である。ただ、カーシュやラファティの話が最初から最後まで法螺話をベースとするのに比べ、イーリイの場合、日常から徐々にはみ出すような感じで、気が付くと読者はまことに変な世界に立っている。収集短編の何作かでは、ぞっとするような瞬間さえ得ることができる。これだけでも読んだ甲斐があった。しかも、イーリイは奇妙な味だけの作家でもないようだ。イギリスの〈復元〉を描く「タイムアウト」など、その最たるもの。叙情性と格調の高さを併せ持った、歴史改変ものの傑作である。他の作品でも、下品になることが絶対にないのは素晴らしい。その点では、スタンリイ・エリンと通ずるところもありそうだ。

 読書においては、未知の実力者との出会い以上に嬉しいことはない。残された人生で、静かにお付き合いを続けたい作家である。