不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

燃える蜃気楼/逢坂剛

燃える蜃気楼

燃える蜃気楼

 逢坂剛は本当に凄い作家だと思う。文章は専らいい意味でのみ堅実・堅牢・硬派で、人間ドラマを緻密に、かつクールに描ききる。自分で酔っている感覚もほとんど見られない。極めて自覚的な作家なんだろうと思う。だから悪い意味でのおっさん臭さもあまり感じず、視座も必然的に高くなるのだ。

 また、ミステリとしても素晴らしい。個々の出来は当然あるが、凄いのは誰をどう騙してくるか予断を許さないことだ。冒険・サスペンス・ハードボイルド・スパイなどなどの意匠をまとう物語のくせに、明らかにこれはトリックだろ、というネタも頻出するし、稀には読者にしか効果のない罠を仕掛ける。無論彼一人でミステリの全てが味わえるわけではないが、面白いミステリを求める人にいささかの躊躇もなく薦められるくらい、かなり万全の作家である。

 などと絶賛しておいて何だが、『燃える蜃気楼』はつまらない部類に属する。逢坂剛はスペインにこだわりを持っているので、その結晶としては評価できるが、単体の作品としてはさほどの輝きを持たない。この《ライフワーク》全体における位置づけがどうこう、という断面で触れないと、商業誌とかで書評子たちもなかなか取り上げにくいだろう。それでも読み応えがあるのはさすがだが。