不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

被告A/折原一

被告A (ハヤカワ・ミステリワールド)

被告A (ハヤカワ・ミステリワールド)

 折原一の作品は、パロディ系と、読者を騙そう系に二分される。極端に言えばこれ以外のヴァリエーションは存在せず、いつも同じような作品が上梓される。これを問題視するのは簡単だが、特筆すべきは、ミステリの仕掛け面でも水準が維持されること。良くも悪くも波がないわけだから、彼の作風がツボに入る人には、常に至福の読書時間が約束される。しかもサクサクと新作を発表してくれるため、やきもきしながら待つ必要がない。以上の点から、折原こそは真の職人であると思う。職人性というのは、小説とか音楽とかいった場では軽視されがちだが、なかなかどうして侮れない。たとえ細工や仕上げが同様であっても、一定の品質が保証されるのは無形のセールスポイントなのだ。

 そして、もう一つ忘れてはならないのは、折原一という作家はとてつもなく個性的である点だ。単細胞な皮肉と軽佻浮薄な悪意が充満する作品世界は、他に替えが効かず、貴重である。そして、折原ばかり読んでいれば間違いなく飽きるが、他の作家と織り交ぜてたまに接した場合、その個性の刻印は実に強烈であり、唯一無二の才能であるのが鮮明となるのだ。折原が、何だかんだ言われつつ、確かな評価を得ているのはこのためであろう。

 『被告A』もまた、折原らしい文章と仕掛けが読める作品。登場人物は、ヲタク的・近視眼的なろくでもない奴ばかりで、話の展開もヤな感じ極まる。これが不思議と居心地良い(本当は「悪さ」を感じないといけないのに!)のは、私だけじゃないと思う。加えて、ネタが結構豪快。フェア/アンフェアは敢えて問わないが、好みではある。

 というわけで、結構気に入ってしまった。作品の出来栄えは別として、『クライマーズ・ハイ』より遥かに〈私に近い〉作品である。お薦めしても色々な意味で無駄だろう。自分と折原ファンだけで楽しみたい。