不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

無言劇/倉阪鬼一郎

 テナントに囲碁倶楽部、将棋道場、雀荘が入り、上層階にはそれに関わる人たちが住む胡蝶ビル。その常連が二人、行方不明になった後、死体で発見される。同じく常連の推理作家、黒杉鋭一郎は事件を解決しようとする。一方で、ルカとミカに、低く静かに愛を囁く人間がいた……。

 この話は、とにもかくにも異常な感覚に支配されている。四六時中「変だ」と感じさせられる小説は意外に少ないものだが、『無言劇』は間違いなく、そのあまりない作品の一つだ。明らかに何かを仕掛けてくるルカ&ミカの場面は当然としても、通常場面の視点人物である黒杉の感覚が、ちょっと普通じゃない。ただ具体的に何処がどうとは言いにくく、書いていて非常につらい。倉阪鬼一郎の、飄々としてつかみ所の皆無な文章も相乗効果を発揮する。よくぞここまで「ひねくれ」を文章化できるものだ。そして終幕に至ると、この奇妙な感覚は、ネタの違和感を減少させる効果も発揮する。つまり、奇妙な日常の延長としての、異常極まりないネタ。全てが異常である場合、ミステリは日常から飛び出さず、従って回収もされない。真相は、パラダイムシフトの爆発点と言うよりも、自分が今いるところにふと気が付ける標識に過ぎない。この衝撃的なネタから、思ったほどの衝撃を授けてくれない作品が怖い。

 こういう作品を読むと、倉阪という作家は鬼才と呼ぶに相応しい、と思う。一般には薦められない、というのはこの作品の場合、完全に誉め言葉だろう。