不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

MOMENT/本多孝好

MOMENT

MOMENT

 ある病院には、不治の病を得て死を待つだけとなった者の願いを、一つだけ叶えてくれる男がいるらしいとの噂があった。その病院で掃除夫のバイトをしていた神田は、ひょんなことからなし崩し的にそういう役割を担おうと決心し……。
 全部で四篇から成る短編集。相変わらず、繊細にしてちょっと悲しげな物語。ここで注目すべきは、「依頼人」の死は予定調和されているだけに、もっと暗い話になってもおかしくないのに、飽くまで「ちょっと悲しい」にとどまる点である。もっと言えば、喜びも切なさも苦しみもそして救いさえも程々に抑えられ、そもそも「何か」を深く鋭く描こうという意図も感じられない。要素としては色々ある話なのに、印象に残るのは「ちょっと悲しい」だけという、極めて独特な読後感だ。それこそが本多孝好の真髄なのだろう。
 しかし、このような小説は微妙なバランスで保たれているわけで、ここに「ミステリ」という、ややもすればリアリティー構築に失敗しがちな枠組を持ち込んだ場合、非常に微妙なところで読者を白けさせることにも繋がろう。『MOMENT』は、こういう微妙なところでバランスを崩している。むちゃ美人のアクロバット選手が平均台の上でバランスを崩したような感じ。
 個別具体的に個人的感想を述べると、一話目『FACE』、どうも依頼人の老いを感じられず、どことなく空々しい。二話目『WISH』の女子中学生は「こいつDQN」と思ってしまってどうも……。三話目の『FIREFLY』は、どうも女性に感情移入できない、というかあまりにあっさり描きすぎている。もうちょっと描きこむべきだが、それをやると本多孝好ではなくなってしまうというジレンマがあり、なかなか難しい。四話目の表題作は、主人公・神田の描写が軽過ぎ、これまた物足りない。
 あと、全編を通し、作者が「死」という重いテーマを扱いかねているといいう印象が否めない。本多孝好は、もうちょっと日常的な喜怒哀楽(特に哀)を描かせればうまい作家なんだと思う。
 最後に、どうやら神田にほの字らしい森野が、どう読んでも女に見えない。男性的言葉遣いしてるから、というだけの問題ではないと思われる。こういう点でこの作者がつまづくとは思ってなかったから、意外だった。