不壊の槍は折られましたが、何か?

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海賊モア船長の遍歴/多島斗志之

海賊モア船長の遍歴 (中公文庫)

海賊モア船長の遍歴 (中公文庫)

 1696年、イギリスよりインド洋に向けて、一隻の船が出帆する。アドヴェンチャー・ギャレー号。イギリス国王ウィリアム3世(名誉革命によって英国王に担ぎ出された人。オランダ統領でもあったため、必然的に英蘭は同盟関係とならざるを得ない)より海賊討伐の委任状を受け、意気揚々と出航するキッド船長だったが、やがて自らも海賊行為に走り出す。その乗組員の中には、やがて海賊船アドヴェンチャー・ギャレー号の船長として名を馳せる、ジェームス・モアがいたのだった……。
 この時代に世界各国はどういう時代だったかというと、本編において登場するアウラングゼーブの他、ルイ14世康煕帝、ピョートル1世、徳川綱吉辺りが在位中。黄昏が始まっていたとはいえムガール帝国は強勢であり、清に至っては全盛期、よって中印にはヨーロッパ諸国もまだ手が出せない状況。オスマン朝ハンガリーを失い退潮が本格化。アメリカはまだ独立してません。こんな感じ。
 この時代背景において、インド洋で海賊を営むモア船長一味の活躍を、非常に生き生きと描いている。多島斗志之の特徴である静かな文体はいつも通りで、文章自体に熱気がないにもかかわらず、本作ではそのことをほとんど意識させず、結構ワクワクしながら読める。何故だろう? 以下は仮説だが、一部では苛烈な酷評の対象となっている、文の途中で頻繁に改行するスタイルの効果かもしれない。通常の小説ではあり得ない改行が、叙事詩的な独特のリズムを生み出し、読者に普通の小説と同じ読み方をさせないよう、無意識に働きかけてくるのではないか。文庫なのに二段組であることも、この効果を側面援護している。
 襲撃方法や乗組員の過去等、創意工夫もなかなか魅せてくれる。傑作であることはほとんど間違いない。広くお薦めしたい一冊である。