不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

マールスドルフ城1945/多島斗志之

 1945年4月、ヒトラーが電波を出しまくり、SS将校シュミットに「赤い顔を殺せ」という奇怪な指令を出す。シュミットは戸惑いながらも、総統の指示に従おうとする。一方、在ベルリンの日本人である昇少年は、父が頭から血を流して倒れているのを幻視する……。
 微妙。微妙過ぎますよ先生。
 確かに駄作とは断言できない。ドイツ敗戦直前の、燃え尽きたような倦怠感がなかなかに面白いし、昇少年の、年上のお姉さんや同年代の少女との交流も、まさに思春期という感じで印象深い。例によって文体が静かなことも、一種の効果をあげている。
 しかし。しかしですな。本当にそれだけなんですよ。ヒトラーの真意も「ああそうですか」で終わりだし、他に特に印象的なイベントや仕掛けもない。情感面での盛り上げにも欠け、物語は色々な意味で極めて平坦に進み、作者が何をしたかったのか最後までよくわからなかった。確かによくまとまっているが、少なくとも、あともう一押し欲しい。個人的には物足りなかった。
 なお、これはこの世のほとんどの人間にとってはどうでもいいことだろうが、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは1945年2月、スイスに亡命している。従って4月にベルリンでベルリン・フィルを振ることは不可能である。シュミットが4月にフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの《最後の演奏会》を聴きに行くシーンがあるのだが、もちろんこの演奏会は架空です。本筋にはそれほど関係ないところで、実在の人物・団体に関する虚構を置いた作者の意図がよくわからない。