不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ハバナの男たち/S・ハンター

ハバナの男たち 上 扶桑社ミステリー ハ 19-12

ハバナの男たち 上 扶桑社ミステリー ハ 19-12

ハバナの男たち 下 扶桑社ミステリー ハ 19-13

ハバナの男たち 下 扶桑社ミステリー ハ 19-13

 スティーヴン・ハンターは、『極大射程』という圧倒的傑作を生み出した。何が素晴らしいのか。それはプロットが完璧だということである。ミステリとしてのプロットではなく、物語、ガン・アクション、謀略小説としてのプロットなのだが、これが実に素晴らしいので、長大な話なのに全くだれない。主人公の窮地と逆襲も印象的で、アール・リー・スワガーがタフな漢であることを、読者に十全に伝えることに成功している。「彼はかっこいい/強い/男の中の男だ」などという無様な直接表現がほとんどないのは素晴らしい。
 というわけで、読み返すたびに思う。『極大射程』は傑作中の傑作なのである。

 そんなハンターの新作『ハバナの男たち』は、間違いなく屑である。
 プロットが雑然としている上に、キャラは全員浮ついており、あらゆる意味で軽薄。権謀術数の世界のはずなのに、寛いだ雰囲気が前面に出るのも奇妙である。ていうか話が弛緩してます。いやもちろん、ハンターの意図は理解できる。キューバなんだし楽しく行こうやと、彼はユーモア小説を目指したのだ。
 しかし、この狙いは完全に失敗している。作品を特徴づけようとして導入されたユーモアの要素は、物語の緊張感を全面的かつ致命的に損なっている。その結果、読んでいるのは退屈、読み進めるのは億劫と感じになってしまい、醜態を晒している。ボブ・リー・スワガーの魅力を、専ら「彼はかっこいい/強い/男の中の男だ」という直接表現で描くのも問題。こうすることで、どうしても、作者の頭が悪そうに見えてしまうのである。
 あとがきを読むに、作者自身はハバナでの取材を楽しんだらしい。結果から見れば、『ハバナの男たち』は、その思い出によるマスターベーションでしかないのではないか? 読者様としては、当然、そんなものには付き合えぬと言う他ない。

 正直なことろ、ハンターは最近、長期低落傾向にあった。しかし『ハバナの男たち』は、尋常ではない落ち込みを示す。破滅というものは、いきなりやって来るという。ハンターの作家的才能が危機に瀕しているのは、非常に悲しいことである。既に引退状態だった天才指揮者の死より、現役作家の才能の死の方がショックは大きい。