不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

百万の手/畠中恵

百万の手 (ミステリ・フロンティア)

百万の手 (ミステリ・フロンティア)

 帯にはこのように書かれている。

 《「どう考えてもおかしいんだよ」焼死した親友が携帯から語りかけてくる。彼との二人三脚で中学生夏貴が探り出した、不審火の真相!》

 一見すると、ファンタジーの要素が入った爽やか青春ものと思える。しかし息子への異常執着を見せる母親が出て来て、悪い意味での暗雲が立ち込める。そして中盤に話がいきなり変わってしまい、スケールがでかくなる。問題は、その風呂敷を最後まで畳めていないことだ。しかも終わってみれば無駄だらけ。携帯の親友さえ〈なくても良い〉のだから凄まじい。〈彼〉の消滅さえ見せ場になっていないのだから、もはや何がやりたかったのか意味不明だ。
 また、タイトルにも使われた、ラストで主人公が空想する《百万の手》という表現も「なんか違う」感じが拭えない。ネタバレなので曖昧な言い方をするしかないが、《百万の手》というのは、とあるアイテムを自分勝手に奪い合う人間の欲望の比喩である。しかしこの物語での最大のテーマは、普通に解釈すれば、生命の尊厳や倫理、あるいは独立不羈の精神やプライバシーといったところだ。欲望が悲劇を呼ぶ側面は確実にあるのだが、このテーマこの配役この筋立てで欲望を中心に据えるのは、作者の迷走でしかないと思う。そもそも、あんなもん百万もの手(2で割っても五十万名)が欲しがるか?

 とはいえ、作者が現代小説を書くのはこれが初めてとのこと、この一作をもって作家単位に評価を下すのはまずかろう。今は、『百万の手』を「とっ散らかった中途半端な作品」と断じるにとどめておく。