不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

京都祇園迷宮事件/海月ルイ

京都祇園迷宮事件 (トクマ・ノベルズ)

京都祇園迷宮事件 (トクマ・ノベルズ)

 フリーライターの夏目潤子は、お茶屋《北尾》に住み込み、手伝いをしながら、京都・祇園の取材をしていた。祇園の人々の、一種閉鎖的とすら言えるプライドの高さに戸惑う潤子であったが、《北尾》の見習い舞妓・美代鶴とは良好な関係を打ち立てていた。しかしそんなある日、座敷に向かっていた美代鶴と潤子は、全身を刺されて死んでいる男性を発見する。この男は、《北尾》で大騒ぎをしていた下品な一団の一人だったようなのだが……。
 華麗にして格式高い祇園の世界と、悪辣にして下賎なAV業界*1における事件を描く作品。この二つの世界がどのように繋がるのか(あるいは繋がらないのか)が、一つの見所。全体的に、伏線回収が非常に巧みである。これみよがしの派手さはないが、真相の事前察知はかなり困難、しかも終わってみれば相応の納得感がある。実によくできた作品であった。また、祇園やAV業界を取り巻く数々のエピソードは、作者の筆致が冷たいこともあって、まさに《イヤ話》感満点。これもまた素晴らしい。
 ただし、万人を驚倒せしめたり、感動させたりする作品ではなく、人物描写等々で人間をこれでもかというくらい深く鋭く描く作品ではない。徳間ノベルスの思わぬ拾い物、といった感じで佳品として接するのが吉か。伏線の妙を味わえる人向き。

*1:海月ルイはそのようにAV業界を描き出している。