不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

神鯨/T・J・バス

神鯨 (ハヤカワ文庫 SF 312)

神鯨 (ハヤカワ文庫 SF 312)

 シロナガスクジラと機械のハイブリッドである、全長600フィートのプランクトン漁船ロークァル・マルは、砂洲に閉じ込められていた。海洋汚染によって海は死に絶え、人類は2世紀前、この漁船を見捨てていたのである。人類との触れ合いがなく元気がなくしたロークァル・マルは、最後の力を振り絞り、ロボット《三葉虫》を、人類を探索するため体内から派遣する……。
 色々と未整理でとっちらかっていて、端正という概念とはまるで無縁の混沌たる様相を呈す作品。とはいえメタ方向には向かわず、錯綜するのは登場人物たちを取り巻く状況に過ぎない。ガジェット山盛り、高いテンション、更にはまるでグラン・ギニョール劇となれば、何となくアルフレッド・ベスターを連想してしまう。ただしベスターに比べれば、筆致はやや冷静であり、生態系の廃墟とその再生を極めて印象深く描き出すことに成功している。最終的には、ほとんど神話のような按配に至るのもまた、なかなかに感銘深いものだ。
 というわけで、傑作だと思う。クラシック・コレクションに含まれないかなあ。

千早館の迷路/海野十三

海野十三全集 第11巻 四次元漂流

海野十三全集 第11巻 四次元漂流

 恋人が失踪した、どうやら伯爵(数年前に雪山に消えている)の元恋人が関係しているらしい、ついては助けて欲しいと妙齢の女性が帆村荘六を訪ねて来る……。
 短編であり、主要な舞台となる千早館の、不気味だが妙に科学的な作りがおかしみを誘う一編。ただし物語の色調は、悲劇的というか残酷である。犯人のやっていることが、よく考えてみると実はあまり意味がないというか健康に悪かったんじゃないかという辺りも、楽しき突っ込み所か。