不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ニコラウス・アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 シューベルト:交響曲第8番ハ長調《グレイト》

 1992年11月、コンセルトヘボウでのセッション録音。交響曲全集の一環である。
 テンポ設定はアーノンクールらしく穏当な「やや速め」である。ビブラートがかなり抑えられており、ざくざくした音色で進行する。よって腰の据わった重量感のある音はあまり出せていないのだが、アーノンクールはそれを逆手にとって、メロディーの奏で方に工夫を凝らし、モチーフの数々を、明滅しながら浮遊する淡いものとして提示する。オーケストラが、ノンビブラートの範囲内で出せる、能う限り美しい響きを出していることもプラスに働いているのが特徴だ。全体的に、ある種退廃的な香気すらまとっており、非常に印象的な演奏となっている。アゴーギクが意外と控えめでさほど劇性を煽り立てないこともあって、儚げな風情が時々息を呑むほどの美しさをもって聴き手に迫って来るのだ。特に第二楽章の優美さは筆舌に尽くしがたく、快活なはずのスケルツォ主部やフィナーレも、木管群を中心に、浮遊感のある歌がそこここに響く。後者の第二主題などはしみじみと心に染みわたります。スケール感はそれほど大きくありませんし、軽妙さが勝つ場面が多いとはいえ、盛り上がるべき所ではちゃんと盛り上がってもくれます。同じようなモチーフの繰り返しから成る音楽だとは全く聞こえず、あくまで美メロの集積体として構築されている辺りが、アーノンクールの解釈の本質なのかもしれません。
 で、交響曲全集としては、《グレイト》と同傾向の解釈であるにもかかわらず、曲の性格が違うためか、初期6曲は、最初から最後まで力強く熱のこもった演奏に聞こえる。これは結構意外。そして《未完成》は非常に翳が濃く、《グレイト》でも感じられた退廃感が極まっております。旋律線の息の長さに正面から付き合わず、浮遊感で乗り切っているのが面白い。