不壊の槍は折られましたが、何か?

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カール・ベーム/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

 1963年6月、西ベルリンのイエス・キリスト教会でのセッション録音である。以前から名盤の一つとされている有名な録音だ。
 極めてがっちりした構築的な演奏である。ノットの録音に触れた際にちらりと述べたが、ベームは拍節感が非常に強い指揮者だと思う。しかしこれは弱点でも何でもなく、むしろ強い個性だ。小節を組み上げて構造物をしっかり組み上げていることを実感させてくれるからである。しかもこの《グレイト》の場合、その構造物は仰ぎ見るような威容を誇る。細かい部分の彫琢にも気を使っており、楽想によってはテンポを微妙に変動させることも厭わない。《グレイト》でもその芸風が遺憾なく発揮されている。第一楽章では、主部のテンポをやや遅めにとって序奏部との境目を目立たないよう均しつつ、その遅めのテンポを逆手にとってスケール豊かな演奏を聴かせる。スタジオ録音の割にテンションが高めなのも功を奏しているようだ。第二楽章は、リズムの刻みを絶妙なバランスで背後に忍ばせつつ、生真面目で折り目正しくではあるけれど、寂しげな歌をしっかり歌わせる。この楽章でも、いざという時の迫力は十分だ。第三楽章は、第二楽章の演奏スタイルにリズムの弾みと勢いを添加したものになっている。これまた非常に立派。そしてフィナーレは、執拗なモチーフの繰り返しに一々真剣に付き合って、テンションをじりじり上げて行き、最終的には滅多にお目に掛かれない壮大な音の伽藍を聴き手の前に現出せしめる。聴いた後でこれほど「充実した音楽を聴いた!」という満足感に浸れる演奏は珍しい。ベルリン・フィルの黒光りする重心の低いサウンドも素晴らしく、少なくともこの録音において披露されるベームの甘くない解釈との相性は格別だ。各ソロ奏者も見事としか言いようがない。
 なおこのコンビは、この《グレイト》を皮切りに、1971年にかけてシューベルト交響曲全集を同一会場でセッション収録している。これ以前の録音が残っている第5番と《未完成》はさておき、この録音プロジェクト以前にベームのコンサート・レパートリーに他の5曲が入っていたかどうかは不明だが、他の曲も非常に立派に鳴る。旋律美よりは構築性が強調された演奏ではあるが、旋律が疎かにされているわけではないし、他では聴けない貴重な演奏になっているのも確かだ。スケール感が曲よりもでかい気はしますが、結果を見ると中身がみっちり詰まっているので、これはこれで素晴らしいと賞賛すべきだろう。そしてやっぱり《未完成》は特異な存在感を放つ。構築的にやっても(←ベームはこちら)歌謡的にやってもまるで違和感はなく、速かろうが遅かろうが魅力的な姿が立ち上がる。ベームベルリン・フィルによる硬質な解釈、硬質なサウンドにもばっちりマッチング。そしてやっぱりベルリン・フィルの音色とソロ奏者の奏楽が見事極まりないのであった。この全集をよくぞ企画してくれました。