不壊の槍は折られましたが、何か?

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クラウス・テンシュテット/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

Klaus Tennstedt - The Great Recordings

Klaus Tennstedt - The Great Recordings

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 1983年4月、ベルリン・フィルハーモニーでのセッション録音。
 凄まじい演奏である。この曲が美感とこれほど無縁に鳴り渡るのは、かつてなかったのではないか。この点ではクナッパーツブッシュも勝てない。響きがとにかく重厚で、楽器の音がぶつかってハーモニーは濁り気味ですらある。金管が入って来る場面などは、音がささくれ立っております。更に、楽想がことごとく、のたうち回るように演奏されており、さらっと綺麗に流れる所は皆無だ。どす黒い情感も満載で、表情はシリアス一点張り。一部の場面でシリアスな雰囲気になる演奏は多いけれど、全編にわたってこれほど徹底する演奏も珍しく、通常この曲から感じられる晴れやかな気分は薬にしたくもない。しかも一々粘り気が強いのである。第二楽章の雰囲気なんか実に異様で、リズムを重く引きずるように演奏しており、まるで死地に赴く軍隊の行進のように悲壮に響く。フルトヴェングラーの戦時ライブですらまだもうちょっと余裕というか、明るさがあった。テンシュテットの目には、光や希望は見えていないようである。
 というわけで、スケルツォなんかもうほとんど初期マーラーの世界に足を踏み入れてます。フィナーレは大爆発してますが、爆発しているのは喜びや生命感ではなく、もっと違う別の名状しがたい何かでした。スケールは極大、テンションは第一楽章序奏から高ぶったままで、強い苦悩が全篇を覆っている。速いテンポの楽章では、卑近なたとえで恐縮だけれど、ビオランテ第二形態が突進かまして来るような感覚に襲われます。
 こういう解釈は強烈に過ぎ、正解だとは全く思わないけれど、尋常ではない情熱をぶつけている分、説得力が強く、希少価値もあって実に面白い。もうホント、オーケストラの鳴り方からして他の演奏と違います。テンシュテットの個性を刻印した唯一無二の演奏として珍重したい。しかしセッション録音でこれか。ライブだったら一体どうなってしまうのだろうか。