不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

告白/湊かなえ

告白

告白

 年度末、中学校のそのクラスでは担任の女性教師が離任の挨拶をしていた。勤務先のその学校で愛娘がプールで溺死するという悲劇に見舞われた彼女は、生徒たちにある《告白》を始める……。
 連作短編形式を採用しているが事実上の長編で、悪意や独善、相互無理解が数珠繋ぎに負の連鎖反応を起こしており、実にスリリングである。そして各編においては、他人(肉親含む)の理解など土台不可能であること、自覚の有無にかかわらず人間は誰しも自分のフィルターを通したマイワールドでしか生きられないこと、一たび歯車が狂ったら人生は簡単に破滅することを、作者は恐ろしく淡々と描き出す。押し付けがましくなっていないのは素晴らしいが、それ以前に地の文が徹底的に冷静なのはかえって怖い*1
 ミステリ的には、具体的な謎解きこそないものの、「あれはそういうことだったのか」的な驚きが随所にあって楽しめる。筆致やプロットが洗練されていて読みやすく、暴力的なシーンもあまりないこともあって、誰でも安心して読むことができるはずだ。しかし、各話が終わる度に、読者は実にヤな気分に囚われるはずである。これこそが本書の要なのである。糾弾すべき《悪》を担当する登場人物は確かにいる。しかし、彼らの《悪》は明らかに「その前の人生」において回避できたはずで、作中の現在時間においてすらチャンスが何度もあったのである。しかし本書の登場人物たちはそのチャンスを、先述の「負の連鎖」すなわち「すれ違い」によって悉く逃してしまう。結果、この有様である。何とも爽快なイヤミスとして、高く評価したい。
 というわけで、『告白』は素晴らしい作品である。本書には書店員帯が付いていて、正直地雷かとも思ったが、その先入観をふっ飛ばす一冊であった。強くオススメしたい。以下、書店員好きは読まぬが吉。
 本書の書店員帯は、ご多分に漏れず酷い。「『新人にしては頑張っている』というレベルを超えている」(新人作家は下手なものだ、という前提があるのが気に食わない)、「暗闇のコースターのようなスピード感と恐怖。加えて凄まじい臨場感」(アクションやサスペンスで押しまくる「迫力満点」系の話ではないわけだが、コースターという言葉を使ってみたかったのだろうか?)、「読中感も〜(中略)〜こんな本に出会ったのははじめてです」(読書量が知れるその1。あと造語を使うのはいかがなものか)、「新人作家の手によるとは思えない」(だから新人作家一般に失礼だって)、「読んで以来、怖くて牛乳が飲めなくなった」(人権的な意味でやばい発言ではないか)、「興味深く読むことができ」(惹句で使う言葉ではない)、「主人公が教壇から生徒に語りかける台詞だけで第1章を描ききってしまう力量はただごとではない」(読書量が知れるその2)、「宮部みゆきを読むくらい夢中になって読みました」(宮部みゆきのことなど誰も聞いていないし、俺基準で推薦されても困る)など、唯一まともな宇田川拓也氏のコメントを除くと、実にくだらない惹句の数々にめげそうになる。しかしこと『告白』に関しては、作品内容は確かに強力推薦レベルなのだ。
 書店員帯というだけで読書意欲が低下するのは、帯の質と書籍本体の内容が直接関係しないことを考えると、あまり良くない傾向である。また、書店員に対して大っぴらに反旗を翻すのは政治的にも得策ではない。もちろん、こういった批判は当該書店員個々人に向かっているわけで、他の書店員はおろか彼らの勤務店にすら含むところは何もないが、仲間意識が強い人(書店員のみならず、書店員にシンパシーを抱いている人を含む)からハブられそうで怖いのも事実である。このために言いたいことを言わない人は、プロアマ問わず中にはいるんじゃないか。特にプロは、流通経路考えるとぶちかませないわなあ。が、ド素人が浮かれて書いた文章は極楽トンボの『春期限定いちごタルト事件』解説同様、見苦しいだけである。はっきり申し上げて、もうウンザリなのである。もちろん書店員の方にも、舞い上がらず、真っ当な帯が書ける方も多々いらっしゃる。そういう方に原稿を頼んで、他の有象無象を切り捨てる勇気を出版社サイドには是非持って欲しいと思う。……しかしもう手遅れかも知れない。書店員が味をしめて、書店員帯がある本は平積みにするが、それ以外はベストセラーでないと積まないよ*2、ということになる――これが一番恐ろしい。近年の書店員跳梁跋扈の契機となった書店発のベストセラーは、本来、そんな不純なものではなかったはずだが。我々はどこで道を誤ったのだろう。それとも、まだ間に合うのだろうか。

*1:話の内容は全く異なるが、ジャック・ケッチャムなども地の文はあくまで冷静である。

*2:で、書店員帯とベストセラーの中から本屋大賞ノミネート作品を選んで更に売りまくって、富の集中を後押しするんですねわかります。おまけに海外作品はガン無視。